任務報告

出社したのは、いつもより少し早かった。

眠れなかったわけではない。

でも朝、目が覚めた瞬間から昨夜のことが頭にあって、布団の中にいられなかった。

支度をして、いつもより一本早い電車に乗った。

車内は空いていた。

窓の外の景色を見ながら、昨夜の三つのアカウントを思い出していた。

校正部に着くと、藤原めぐみさんがすでに来ていた。

デスクに鞄を置いたとき、藤原さんが顔を上げた。

三十一歳の藤原さんは、いつも私より早く来ている。

今日は私の顔を見て、少し表情が変わった。

「ことはちゃん、昨日変なこと言ってごめんね」
「え」と私は言った。

「お母さんに似てるって言ったけど、会ったこともないのに失礼だったな、と思って。昨日の帰り道に気になって」
藤原さんは、昨日の言葉を気にしていたらしかった。

自分の言葉が誰かを傷つけたかもしれないと、一晩考えていたのだろう。

それが藤原さんらしかった。

「気にしていないです」と私は言った。

「そう?ならよかった」と藤原さんは言って、またパソコンに向き直った。

気にしていないです、は嘘だった。

一晩中、気にしていた。

でも藤原さんに「気にしています」とは言えなかった。

言えば、なぜ気にしているのかを説明しなければならない。

説明するためには、里親家庭で育ったこと、血のつながった母親の顔を知らないことを話さなければならない。

今日の朝、その準備がなかった。

午前中、原稿を読みながら、「似ている」という言葉について考えた。

似ている、とはどういうことか。

血がつながっていれば、顔が似る。

目の形、鼻の高さ、口元の癖。

そういうものが受け継がれる。

でも私は、血のつながった人の顔を知らない。

里親として育ててくれた長谷川照子さんと私は、血がつながっていない。

照子さんに似ているかどうかを、考えたことがなかった。

似ていない、とも思ったことがなかった。

ただ、似ているという前提が最初からなかった。

里子として長谷川家で育った七年間、「似ている」という言葉を受け取った記憶がなかった。

親戚がいなかったからかもしれない。

照子さんと武志さんの家に、私以外の子どもはいなかった。

「誰かに似ているね」と言われる機会が、そもそもなかった。

藤原さんの言葉が、なぜ一日中頭から離れなかったのか。

昼休みに一人でお弁当を食べながら、考えた。

似ている、という言葉は、どこかからつながっているという意味だった。

誰かから何かを受け継いでいるという意味だった。

その言葉を、私は受け取る準備ができていなかった。

自分の顔がどこから来たのか。

二十四年間、考えないようにしてきた問いが、昨日の一言で動き始めた。

昨夜、検索窓に実母の名前を打ち込んだのは、そのためだったのかもしれない。

似ているという言葉が、空白を照らした。

空白を照らされると、埋めたくなった。

埋める方法が、検索することしか思いつかなかった。

里親として照子さんが育ててくれた七年間は、温かかった。

それは本当だった。

でも温かかったことと、実母のことを考えないでいたこととは、別のことだった。

照子さんへの感謝と、実母への問いは、矛盾しない。

矛盾しないとわかっていても、実母を検索した夜のことを、照子さんに話せる気がしなかった。

午後の業務が始まって、原稿に向き直った。

校正の仕事は、言葉を正確に読む仕事だった。

誤字脱字を見つけて、文脈のずれを見つけて、正しい形に整える。

言葉に敏感でなければできない仕事だと思っていた。

でも今日は、「似ている」という言葉一つを、正確に読めていなかった。

藤原さんが言った意味と、私が受け取った意味は、違った。

藤原さんは軽い褒め言葉として言った。

私は自分の空白を照らす言葉として受け取った。

同じ言葉が、こんなに違う意味を持つことを、校正の仕事をしながら、今日初めて実感した。

退勤時刻になって、鞄を持った。

藤原さんが「お疲れ様」と言った。

私も「お疲れ様です」と言った。

エレベーターを待ちながら、スマートフォンを取り出した。

昨夜見た三つのアカウントが、まだそこにあるかどうか確認したかった。

でも会社の中では開けなかった。

電車に乗ってから、開こうと思った。

任務報告

深夜の十二時を過ぎていた。

部屋の電気を消して、スマートフォンの画面だけが光っていた。

同居人の宮本さおりはもう寝ていて、アパートは静かだった。

私はベッドの上で、SNSの検索窓を開いたまま、動けずにいた。

私は山下ことは、二十四歳。

都内の小さな出版社で校正の仕事をしている。

検索窓に、文字を打ち込んだ。

山下恵。

実母の名前だった。

検索するつもりは、なかった。

指が動いていた。

一日中、頭から離れなかった言葉があって、気がついたら打ち込んでいた。

きっかけは些細なことだった。

今日の午後、校正部の先輩である藤原めぐみさんが、私の隣に来て原稿を確認しながら、何気なく言った。

藤原さんは三十一歳で、私が入社したときから面倒を見てくれている先輩だ。

「ことはちゃんって、お母さんに似てるよね」
それだけだった。

悪意がないことは、わかった。

藤原さんは私の実母を知らない。

里親家庭で育ったことも、話したことがなかった。

ただ、誰かと似ているということを、軽い口調で言っただけだった。

でもその言葉が、一日中、頭から離れなかった。

私は0歳から7歳まで、里親の長谷川照子さんの家で育った。

照子さんは現在六十一歳で、元保健師だ。

夫の長谷川武志さんは六十四歳で、会社員を定年退職して今は家庭菜園をしている。

今も連絡を取り合っている、大切な人たちだ。

実母の山下恵は、私が0歳のとき、育児放棄によって親権を失った。

今どこにいるのか。

生きているのか。

私は何も知らなかった。

顔も、声も、においも、何も知らなかった。

血がつながっているはずの人の、何も知らなかった。

検索結果が出た。

同姓同名のアカウントが、三つ表示された。

一つ目は、プロフィール写真のない鍵アカウントだった。

アカウント名は「yuki_m_1980」。

投稿は非公開で、何も見えなかった。

二つ目は、中年女性らしき写真のアカウントだった。

プロフィールには「横浜在住、料理が好き」と書いてあった。

投稿には、食事の写真が並んでいた。

三つ目は、明らかに二十代の若い女性のアカウントだった。

別人だと、すぐにわかった。

どれが実母かどうか、わからなかった。

わからないまま、三つのアカウントを交互に見た。

プロフィール写真のない鍵アカウントに、目が止まった。

「yuki_m_1980」という名前が、気になった。

1980年生まれとすれば、今年で四十五歳前後になる。

実母が1980年生まれかどうかも、私は知らなかった。

何も知らないから、何もわからなかった。

でも画面を閉じられなかった。

自分が何を求めているのか、わからなかった。

会いたいのか。

確認したいだけなのか。

存在を知りたいのか。

それとも、存在しないことを確認したいのか。

答えは出なかった。

出ないまま、時間が経った。

気がついたら、一時を過ぎていた。

スマートフォンを、ベッドの上に置いた。

天井を見た。

暗い天井だった。

藤原さんは「お母さんに似てるよね」と言った。

私は血のつながった母親の顔を知らない。

どこが似ているのか、確かめる方法がない。

似ているかどうかより先に、似ている相手がどこにいるのかも知らない。

二十四年間、保留にしてきた問いが、今夜に限って動き始めていた。

なぜ今夜なのかは、わからなかった。

ただ、検索窓に名前を打ち込んだことは、取り消せなかった。

打ち込んだという事実だけが、暗い部屋の中に残っていた。

任務報告

幸子さんの家を訪ねたのは、浩二と飲んだ翌々週の日曜日だった。

特別な用事があったわけではない。

ただ、行きたくなった。

浩二に「康夫さんに似てきた」と言われてから、なぜかずっと幸子さんの顔が浮かんでいた。

電話でもよかったが、今回は直接会いたかった。

最寄り駅から歩いて七分。

道を、体が覚えていた。

角を曲がるタイミング、坂の手前にある小さな公園、吉田家の手前の電柱に巻きついた蔦。

子どものころと変わっていないものと、変わっているものが混在していた。

変わっていないものを見るたびに、六歳の自分がどこかから覗いている気がした。

七十歳の幸子さんは、インターフォンを押すより先に玄関を開けた。

「来ると思ってたわ」と言った。

「なんでですか」
「なんとなく」と笑った。

二年前に電話で言われた「なんとなく」と、同じ笑い方だった。

台所でお茶を飲んだ。

幸子さんが出してくれた煎餅を食べながら、特に意味のない話をした。

幸子さんの近所付き合いのこと、私の仕事のこと、先月降った雪のこと。

里親家庭で育った十二年間も、康夫さんが亡くなった三年前も、今日は誰も持ち出さなかった。

それでよかった。

しばらくして、幸子さんが「康夫さんの道具、使ってくれてる?」と聞いた。

「毎週末使ってます」
「そう」と幸子さんは言った。

「よかった。あの人、道具だけは大事にしてたから」
康夫さんの道具を使うたびに、私は康夫さんのことを考える。

考えようとしているわけではない。

ただ、手が動くと自然に思い出す。

鉋の重さとか、木くずのにおいとか、縁側の陽当たりとか。

体に染みついた記憶というのが、あるのだと思う。

帰り際、玄関で靴を履きながら、私は言った。

「六歳のとき、康夫さんにもらった木片、まだ持ってます」
幸子さんが動きを止めた。

「あの木片、覚えてたの?」
「ずっと持ってました。引っ越しのたびに」
幸子さんはしばらく黙っていた。

泣くかと思ったが、泣かなかった。

ただ、少し目を細めて、静かに笑った。

康夫さんが縁側で木を削っているとき、私が隣に座るといつもしてくれた笑い方に、少し似ていた。

「康夫さんに言ってあげたかったわね」と幸子さんは言った。

私は何も言えなかった。

言葉が出なかった。

ただ「また来ます」とだけ言って、玄関を出た。

帰り道を、ゆっくり歩いた。

空は曇っていたが、雨にはならなかった。

公園の前を通ると、小さな子どもが遊んでいた。

父親らしき男性が隣でしゃがんで、何かを教えていた。

私はその横を通り過ぎながら、少しだけ見た。

見て、また前を向いた。

自分の手を見た。

細くて、傷のない、三十五歳の私の手だった。

血がつながっていない人から受け継いだ鉋の角度を持つ、私の手だった。

似ているかどうかは、もうどちらでもいい気がした。

里親として康夫さんが私に残してくれたものが、この手の中にあるのかどうか、言葉ではわからない。

でも確かに何かがある。

六歳の縁側から始まって、三十五歳の今も続いている何かが。

名前がなくても、それは本物だったと思う。

名前をつけなくても、なくなるものではないと、今日初めて思えた気がした。

アパートに帰って、棚から木片を取り出した。

小さくて、古びて、康夫さんのにおいはもうしない。

でも手のひらに乗せると、あたたかかった。

気のせいかもしれない。

でも、あたたかかった。

それだけで、十分だった。

任務報告

浩二と飲んだのは、木工をした翌週の金曜日だった。

中川浩二は三十五歳で、私と同い年だ。

吉田家の近所で育った幼馴染で、子どものころから私が里親家庭にいることを知っていた。

特別な話題にしたことはなかった。

ただ、知っている。

それだけで、私には十分だった。

待ち合わせた居酒屋は、会社から二駅の、こぢんまりした店だった。

浩二は先に来て、すでにビールを飲んでいた。

「遅い」と言いながら、笑っていた。

こういうやつだった。

最初は他愛のない話をした。

浩二の仕事のこと、共通の知人の近況、特に意味のない話。

二杯目が空いたころ、私は先週の松田の話をした。

「職場の同僚に、お母さんに似てるねって言われた」
「へえ」と浩二は言った。

「誰が来たの」
「わからない。受付に来て、すぐ帰ったらしい。幸子さんじゃなかった」

浩二は少し考えてから「実母かもな」と言った。

遠慮のない言い方だった。

でも浩二らしかった。

変に気を使われるより、こういう言い方のほうが楽だった。

「かもな」と私も言った。

「会いたいと思う?」
「わからない」
正直な答えだった。

会いたいとも、会いたくないとも、はっきり言えなかった。

三十五年間、その問いを保留にしてきた。

今日もまだ、保留のままだった。

浩二は「そっか」と言って、串焼きを一本取った。

それ以上聞いてこなかった。

三杯目に差し掛かったころ、私は松田の言葉がまだ引っかかっていることを話した。

似ているとはどういうことか。

血がつながっていない人に似ていくとはどういうことか。

うまくまとまらないまま話したが、浩二は黙って聞いていた。

「でもお前、康夫さんに雰囲気似てきたよな」
浩二が言った。

否定しようとした。

口を開いて、でも言葉が出なかった。

「鉋の角度の話じゃなくて」と浩二は続けた。

「なんか、静かな感じとか、あんまり余計なこと言わない感じとか。昔のお前はもっとうるさかったし」
「うるさかったは余計だろ」
「事実だろ」と浩二は笑った。

笑い返しながら、私は少し考えた。

康夫さんに似てきた、という言葉を、素直に受け取れなかった。

嬉しいのか、怖いのか、判断できなかった。

血がつながっていない人に似ていくことを、どう受け取ればいいのか。

里親家庭で育った人間が、育ててくれた人に似ていくことは、自然なことなのか。

誰かに教わったことがなかった。

「それって悪いことじゃないだろ」と浩二が言った。

「そうかもな」
「そうだよ」と浩二はあっさり言った。

「康夫さん、いい人だったじゃないか」
いい人だった、という言葉が、思いのほか胸に刺さった。

刺さった、というより、じんわりと染みた。

浩二は特別なことを言ったつもりはないだろう。

ただ事実を言っただけだ。

でも私には、その言葉が必要だった気がした。

康夫さんはいい人だった。

それは本当のことだった。

四杯目を頼みながら、私は窓の外の夜の街を見た。

里親として康夫さんが私にしてくれたことは、言葉より先に手で示すことだった。

木片を渡すこと、道具の使い方を隣で見せること、縁側で黙って座っていること。

そういう人だった。

その人に似てきたと言われることが、なぜ怖いのか。

怖い、という感情の正体を、その夜はまだうまく掴めなかった。

でも、怖いと感じていることだけは、初めて自分で認めた気がした。

店を出たのは、十一時過ぎだった。

浩二と駅で別れて、私は一人で帰り道を歩いた。

少し酔っていた。

夜風が冷たかった。

歩きながら、自分の手を見た。

街灯の下で、細くて傷のない、私の手だった。

この手が、康夫さんに似ているのかどうか、私にはわからない。

でも浩二には、何か見えているのかもしれない。

任務報告

週末は、木工をして過ごすことが多い。

道具は康夫さんのものを幸子さんからもらった。

康夫さんが三年前に亡くなったあと、幸子さんが「誠司が使ってくれるなら一番いい」と言って、工具箱ごと譲ってくれた。

鑿も鉋も、長年使い込まれて手に馴染んだ道具だった。

私の手には少し大きかったが、今はもう慣れた。

その日の午後、私は六畳の部屋の隅に作業スペースを作って、木を削り始めた。

作るものは決まっていなかった。

ただ、手を動かしたかった。

こういうときがある。

何かを考えたくないわけではないのに、頭より先に手を動かしたい夜が。

昨日の松田の言葉が、まだどこかに引っかかっていた。

鉋を握ると、康夫さんの手を思い出す。

大きくて、節くれだって、傷だらけの手だった。

長年大工をしていた手で、指の関節が太く、爪の際にいつも木くずが残っていた。

私の手とは全然違う。

私の手は細くて、営業職らしく荒れてもいない。

並べたら、誰も同じ人間から受け継いだとは思わないだろう。

実際、受け継いでいない。

血はつながっていない。

でも、鉋の角度だけは同じになっていた。

いつからそうなったのか、わからない。

気がついたら、康夫さんと同じ角度で鉋を持っていた。

教わった記憶はない。

ただ、隣で見ていた。

見ているうちに、体が覚えた。

二年ほど前、幸子さんに電話したとき「誠司、康夫さんに似てきたね」と言われたことがある。

「どこがですか」と聞いたら、「なんとなく」と笑われた。

なんとなく、という答えが、妙に腑に落ちた。

似ているというのは、そういうものなのかもしれない。

説明できるものではなく、なんとなく、という感覚の中にあるものなのかもしれない。

康夫さんは、私を一度も「息子」と呼ばなかった。

私も「お父さん」と呼んだことはなかった。

康夫さん、と呼んでいた。

それが自然だった。

距離があったわけではない。

ただ、私たちの間にはずっと、言葉より先に物があった。

木片、道具、削りかす。

言葉の代わりに、何かを手渡し合っていた。

里親として康夫さんが私にしてくれたことを、言葉で数えようとすると、うまくいかない。

食事をくれた、学校に行かせてくれた、そういうことは確かだ。

でも私が覚えているのは、縁側での沈黙とか、工具箱を開けるときの音とか、木のにおいとか、そういうことばかりだった。

康夫さんへの気持ちを、私は一度も「親への感情」と整理したことがなかった。

感謝はある。

尊敬もある。

康夫さんが亡くなったとき、私は葬儀で泣いた。

自分でも驚くくらい、泣いた。

でも「父親を亡くした」という感覚だったかといえば、わからない。

もっと別の何かを失った感覚だった。

言葉にならない何かを。

なぜ「父親だった」と言い切ることを避けてきたのか、自分でもよくわからない。

血がつながっていないからか。

制度の上では里親と里子だからか。

それとも、康夫さん自身が「父親」という役割を前に出さない人だったからか。

たぶんそのどれもが少しずつ、正しい気がする。

鉋を止めて、削りかすを払った。

手のひらを見た。

細くて、傷のない、私の手だった。

でも鉋の持ち方だけは、康夫さんと同じだった。

それがおかしくて、少し笑った。

声には出なかったが、笑った。

似ているとはどういうことか。

血ではなく、時間が作るものが、確かにある気がした。

そう思うことが正しいのかどうか、わからなかった。

でも少なくとも、その日の午後の私には、そう思えた。

任務報告

アパートに帰ったのは、夜の八時過ぎだった。

冷蔵庫から缶ビールを出して、ソファに座った。

テレビをつけたが、何も頭に入らなかった。

結局消して、暗い部屋で缶を傾けた。

こういう夜が、たまにある。

何かがあったわけではないのに、うまく切り替えられない夜が。

実母の顔を、私はほとんど覚えていない。

六歳のとき、実母が蒸発した。

朝起きたら、家に誰もいなかった。

近所の人が気づいて、児童相談所に連絡した。

施設に入って、しばらくして里親制度で吉田家に引き取られた。

その一連のことを、私は記憶の断片としてしか持っていない。

施設の廊下の蛍光灯の白さ。

担当者の女性が履いていた黒いパンプス。

それくらいだ。

実母の顔は、出てこない。

覚えていないことを、ずっと普通のことだと思ってきた。

六歳の記憶など、誰だって曖昧なものだ。

特別なことではない。

そう自分に言い聞かせてきた。

でも今日、松田に「似てる」と言われた瞬間、私は無意識に何かを探した。

覚えていないはずの顔を、頭の中で探していた。

見つからなかった。

当然だった。

吉田家に連れていかれた夜のことは、少し覚えている。

里親の吉田康夫さんは当時五十歳で、元大工だった。

三年前に六十八歳で他界している。

初めて会ったとき、康夫さんは玄関に立って、私を見下ろした。

大きな人だった。

無口で、表情が読めなかった。

正直、怖かった。

幸子さんは当時四十五歳で、康夫さんとは対照的によく笑う人だった。

「ご飯食べようね」と言って、台所に連れていってくれた。

夕食は肉と野菜の炒め物だった。

おいしかった記憶はあるが、食べたのか食べていないのか、はっきりしない。

康夫さんと初めてちゃんと向き合ったのは、吉田家に来て一週間ほど経ったころだった。

縁側で康夫さんが木を削っていた。

私はすることがなくて、ただそこに座った。

康夫さんは何も言わなかった。

私も何も言わなかった。

しばらくそうしていると、康夫さんが小さな木片を私の手のひらに置いた。

何の説明もなかった。

ただ、渡された。

木片は、不思議とあたたかかった。

削りたての木の、やわらかいにおいがした。

それが吉田家での最初の安心だった、と今なら言える。

あのとき六歳の私には、安心という言葉はなかった。

ただ、もう少しここにいてもいい気がした。

それだけだった。

缶ビールを飲み干して、もう一本取りに行く気にもなれなかった。

三十五歳の私が今さら考えていることを、六歳の私は何も考えていなかった。

血がつながるとはどういうことか。

似ているとはどういうことか。

里親家庭で育つとはどういうことか。

そんな問いを持つ言葉を、六歳の私はまだ持っていなかった。

持っていなくてよかったと思う。

あのころ余計なことを考えなかったから、縁側で康夫さんの隣に座れた。

木片を受け取れた。

そういうことだったかもしれない。

でも三十五歳の私は、今日から少し、考え始めてしまった気がした。

部屋の棚に、あの木片がある。

六歳のとき康夫さんからもらって、三十五歳の今も捨てられずにいる。

引っ越しのたびに持ち歩いてきた。

なぜ捨てられないのか、自分でもよくわからない。

ただ、手放す気になれなかった。

暗い部屋で、私は棚の方向をしばらく見ていた。

任務報告

営業先から会社に戻ったのは、夕方の五時過ぎだった。

私は木村誠司、三十五歳。

中堅メーカーの営業職をもう十年続けている。

特別好きな仕事ではないが、不満もない。

毎日それなりにこなして、それなりに帰る。

そういう日々だった。

デスクに鞄を置いて、報告書を開いたとき、隣の席の松田恵子が振り返った。

三十三歳で、同じ営業部に勤めている。

悪い人ではないが、思ったことをすぐ口に出すタイプだ。

「木村さん、今日お母さん来てたよ」
「え」
「お昼ごろ、受付に。木村誠司の母です、って。でもすぐ帰っちゃったみたいで。木村さんに連絡しようとしたんだけど、外回り中だったし」
「人違いじゃないですか」
「そうかなあ。

背格好、似てると思ったんだけど」
愛想笑いを返して、話を流した。

受付に確認すると、来客記録には残っていなかった。

誰かが来たのは事実らしいが、名前も連絡先も不明だった。

私は自席に戻って、少し考えた。

里親として私を育ててくれた吉田幸子さんは、現在七十歳だ。

今も月に一度くらい連絡を取り合っている。

幸子さんが突然会社に来るとは考えにくいが、念のため電話をかけた。

「行ってないわよ。どうかしたの?」

「いえ、何でもないです」

電話を切った。

では誰だったのか。

考えたくない方向に、思考が動いた。

実母かもしれない、という考えだった。

私の実母は、私が六歳のとき蒸発した。

今どこにいるのか、生きているのかさえ知らない。

会いたいと思ったことは、ほとんどない。

少なくとも、そう思ってきた。

松田が「似てる」と言った。

血のつながらない幸子さんには、私は似ていない。

幸子さん本人も笑いながらそう言っていた。

では自分は誰に似ているのか。

鏡で自分の顔を見るとき、私はいつもその問いを素通りしてきた。

目の形、鼻の高さ、口元の癖。

どこから来たのか、わからない顔。

松田は悪意があって言ったわけではない。

ただの世間話だった。

でも「似てる」という言葉が、夕方の静かなオフィスの中で、じわりと引っかかったまま消えなかった。

帰り支度をしながら、私は窓の外を見た。

もし本当に実母だったとしたら、何のために来たのか。

会いたかったのか。

それとも、ただ顔を見たかっただけなのか。

そして私は、会いたかったのか。

わからなかった。

わからないまま、鞄を持って席を立った。

松田が「お疲れ様です」と言った。

私も「お疲れ様です」と返した。

いつもと同じ言葉だった。

でも駅に向かう道を歩きながら、私はずっと、自分の顔のことを考えていた。

誰かに似ているとはどういうことか。

三十五年間、ちゃんと考えたことがなかった問いが、今日に限って頭から離れなかった。

任務報告

あれから一週間が経った。

段ボール箱はリビングの隅に置いたままだった。

開けることも、片付けることもできなかった。

ただ、そこにあることが、今の私にはちょうどよかった。

ある夜、もう一度アルバムを開いた。

四冊を全部、最初から最後まで。

遠足の写真から始まって、中学の合唱コンクール、高校の文化祭、卒業式。

里親として清子さんが記録してくれた十年間が、几帳面に並んでいた。

写真の中の私は、ページを追うごとに少しずつ大人になっていった。

清子さんも、少しずつ年を取っていった。

最後のページに、一枚だけ、私の知らない写真があった。

高校の卒業式の翌日だと思う。

村上家の居間で、私が窓の外を見ている後ろ姿だった。

私は気づいていなかった。

清子さんがそっと撮ったのだろう。

後ろ姿の私は、何を見ていたのか覚えていない。

でも、その写真を撮った清子さんが何を思っていたのかは、少しだけわかる気がした。

引き止めなかった。

でも、見ていた。

私はその一枚を、額に入れることにした。

翌日、近所の雑貨店で小さな木製の額を買ってきて、寝室の棚に飾った。

健一は何も聞かなかった。

ただ、「いい写真だね」と言った。

後ろ姿しか映っていない写真を見て、そう言った。

私は「そうでしょ」と答えた。

なぜかそのとき、少しだけ笑えた。

その夜、夕食を作りながら、私は肉じゃがを作ることにした。

特に理由はなかった。

ただ、作りたかった。

里親だった清子さんが、あの夜私のために作ってくれたものを、三十四年越しに自分で作っていた。

レシピは清子さんから習ったわけではない。

けれど不思議と、手が迷わなかった。

じゃがいもを切りながら、あの夜のことを思った。

知らない家の、知らない食卓。

震える手で箸を持てなかった八歳の私。

「冷めたら温め直すね」と言った清子さんの横顔。

あの言葉の意味が、今ならわかる。

責めないということだった。

待つということだった。

あなたのペースでいい、ということだった。

八歳の私には重すぎた言葉が、四十二歳の私にはようやく、胃の腑に落ちた。

鍋の中で、じゃがいもがゆっくり煮えていった。

「ありがとう」は、結局言えなかった。

これからも言えない。

清子さんはもういないから。

でも、言えなかったことを、私はもう責めないことにした。

言えなかったのには理由があった。

感謝と、重さと、距離と、名前のつかない感情が全部ひとまとまりで、それが私の清子さんへの気持ちだったのだから。

泣けないままでいい、と思う。

泣けないことも、私の正直さだと思うから。

できあがった肉じゃがを、器に盛った。

健一を呼んで、二人で食卓についた。

一口食べて、おいしいと思った。

清子さんの味かどうかは、わからない。

比べる記憶が、私にはない。

でも、温かかった。

それだけは確かだった。

温かいものを、温かいうちに食べた。

それで十分だと、私は思った。

任務報告

遺品整理を終えて駅に向かう途中、あかねから電話がかかってきた。

四十歳で、同じ会社の総務部に勤めている岩本あかねは、私が里親家庭で育ったことを知っている唯一の友人だ。

話したのは三年前、会社の飲み会の帰り道だった。

酔っていたわけでもなかった。

ただ、そのとき急に、誰かに話したくなった。

あかねは驚いた顔をしたが、何も言わなかった。

「そうだったんだね」とだけ言って、それ以上聞かなかった。

それが、私には楽だった。

「どうだった?」とあかねは聞いた。

「うまく説明できない」と私は答えた。

「無理に説明しなくていいよ」
それだけだった。

電話は三分も続かなかった。

でも、切ったあとに少し、息ができた気がした。

家に帰ったのは夜の八時過ぎだった。

健一は夕食を作って待っていた。

テーブルに並んだ料理を見たとき、ふいに涙が出そうになった。

泣かなかった。

でも、出そうになった。

それが遺品整理を終えて、初めての感情らしい感情だった。

食事をしながら、私はしばらく黙っていた。

健一も何も聞かなかった。

食器を片付けたあと、私はソファに座って、持ち帰った段ボール箱をもう一度開いた。

アルバムを一冊取り出して、最初のページを開いた。

遠足の写真。

笑っている私と、隣に立つ清子さん。

「清子さんに、ありがとうって言えなかった」
気がついたら、声に出していた。

健一に向けた言葉ではなかった。

ただ、声に出さずにいられなかった。

健一は黙って、私の隣に座った。

何も言わなかった。

それでよかった。

言葉をもらっても、たぶん受け取れなかった。

ただ隣にいてくれることが、そのときの私にはちょうどよかった。

里親として清子さんが私にしてくれたことは、数えればきりがない。

食事を作ること、学校の行事に来ること、体調を崩したときに看ること。

でも私が今、思い出すのはそういうことではなかった。

廊下ですれ違ったときの気配とか、テレビを見ながら笑っていた横顔とか、雨の日に傘を二本持って校門の前に立っていた姿とか。

言葉にならない、小さなことばかりだった。

「ありがとう」は、相手に届けるためだけにある言葉じゃないのかもしれない、と私は思った。

届けられなかった「ありがとう」は、消えたわけではない。

私の中のどこかに、ずっとあったのだと思う。

うまく取り出せないまま、形にならないまま、でも確かにそこにあった。

清子さんはもういない。

でも、その「ありがとう」は今も私の中にある。

それは本物だと思う。

届かなくても、本物だったと思う。

アルバムをもう一度閉じた。

健一が「お茶、飲む?」と聞いた。

私は「うん」と答えた。

台所でお湯を沸かす音がした。

それを聞きながら、私は段ボール箱の中に「さやかのこと」という文字を見つけた日のことを思った。

あの文字を書いたとき、清子さんは何を思っていたのだろう。

わからない。

たぶん、これからもわからない。

でも、わからないままでいい、と初めて思えた気がした。

任務報告

高校を卒業した春、私は村上家を出た。

里親委託の期間は、原則として十八歳までだと、担当者から説明を受けたのは中学のころだった。

でも清子さんは一度も、その話を私にしなかった。

期限のことも、その後のことも。

だから私は、自分から「出る」と言った。

清子さんは引き止めなかった。

「そう」とだけ言って、少し間を置いてから「元気でね」と言った。

それが正しい判断だったのか、今でもわからない。

アパートを借りて、アルバイトを掛け持ちして、専門学校に通った。

忙しくしていれば、考えずに済んだ。

清子さんのことも、実母のことも、自分がどこから来た人間なのかということも。

忙しさは、便利な蓋だった。

清子さんへの連絡は、年に一度か二度だった。

年賀状と、気が向いたときの短いメッセージ。

会いに行ったのは、十年で三回だった。

少ない、と自分でも思う。

でも、その三回がやっとだった。

会うたびに、何か重いものを渡されるような気がした。

清子さんは責めなかった。

連絡が途絶えても、訪ねてこなくても、何も言わなかった。

それがかえって、私には苦しかった。

責められれば怒れた。

でも清子さんは怒らなかった。

ただ、会うたびに「元気そうでよかった」と言った。

その言葉の重さを、私はうまく受け取れなかった。

去年の秋、清子さんが入院したと礼子さんから連絡があった。

「大事ではないと思うけど、一応お知らせしようと思って」
私は「ありがとうございます、落ち着いたら伺います」と返信した。

伺わなかった。

伺うつもりがなかったわけではない。

でも日常の忙しさの中で、「落ち着いたら」はいつまでも「落ち着いたら」のままだった。

十二月に、清子さんは亡くなった。

訃報を受け取ったとき、私が最初に感じたのは悲しみではなかった。

それが何だったのか、今でもうまく言えない。

後悔とも違う。

ただ、何かが終わったという感覚と、何かを取り逃がしたという感覚が、同時にあった。

里親と里子の関係は、制度としては十八歳で終わる。

書類の上では、私と清子さんの関係はあの春に終わっていた。

でも実際には、終わっていなかった。

終わらせることも、続けることも、私にはうまくできないまま、二十四年が経っていた。

葬儀の帰り道、夫の健一が「清子さん、どんな人だった?」と聞いた。

私は少し考えて、「よくわからない」と答えた。

健一は何も言わなかった。

よくわからない、というのは本当のことだった。

十年一緒に暮らした人のことを、よくわからないと言うのはおかしいかもしれない。

でも私には、清子さんのことが最後までよくわからなかった。

何を考えていたのか、私のことをどう思っていたのか、あの「冷めたら温め直すね」の言葉の奥に、何があったのか。

聞けばよかった。

その後悔は、じわじわとしたもので、波のように来ては引いた。

鋭くないぶん、長く続いた。

任務報告

あの夜のことを、私はずっと思い出さないようにしていた。

八歳の春。

児童相談所の担当者に連れられて、初めて村上家を訪れた夜のことだ。

里親制度という言葉を、私はそのころまだ知らなかった。

ただ、「しばらくここで暮らす」と説明されて、よく意味がわからないまま玄関に立っていた。

実母に置いていかれたのは、その少し前だった。

ある朝、起きたら家に誰もいなかった。

それだけだった。

泣いた記憶もない。

ただ、お腹が空いていたことだけを覚えている。

児童相談所の待合室は、明るかった。

明るすぎて、居心地が悪かった。

担当者の女性は、私に何度も話しかけてくれたが、私はほとんど答えなかった。

答える言葉が見つからなかったというより、答えることで何かが決まってしまう気がして、黙っていた。

村上家に着いたのは、夕方だった。

玄関のドアを開けた清子さんは、私の顔を見て、しゃがんだ。

目線を合わせるためだったと思う。

今の私と同じ年齢だったのか、とアルバムを見ながら初めて気がついた。

あのころの清子さんは、私には大人としか見えなかった。

「さやかちゃんね。

私は清子。

よろしくね」
それだけ言った。

「よろしく」の意味が、八歳の私にはよくわからなかった。

夕食は肉じゃがだった。

里親である清子さんが、私のために作ってくれたのだと、担当者の人が教えてくれた。

でも私は、一口も食べられなかった。

食べたくないわけではなかった。

箸を持つと、手が少し震えた。

知らない家の、知らない食卓で、何かを食べるということが、うまくできなかった。

清子さんは、何も言わなかった。

怒るかと思った。

せっかく作ったのに、と責められるかと思った。

でも清子さんはただ、私の茶碗を見て、静かに言った。

「冷めたら温め直すね」
それだけだった。

その言葉の意味を、八歳の私は正確には理解できなかった。

でも、責められなかったということだけはわかった。

それが怖かった。

責められたほうが、楽だったかもしれない。

責められることには慣れていた。

責められないことに、私は慣れていなかった。

アルバムの中に、その夜の写真はなかった。

当然だと思う。

あの夜を写真に残そうとする人間は、普通はいない。

でも私の中には、あの夜の台所の蛍光灯の白さと、肉じゃがの湯気と、清子さんの横顔が、じわりと滲むように残っていた。

思い出すのに、三十四年かかった。

正確には、思い出さないようにしていたのだと思う。

あの夜を思い出すことは、あの夜に感じたものを引き受けることだった。

怖さと、安堵と、自分でも名前のつけられない何かを。

八歳の私には重すぎた。

四十二歳の私には、ようやく、少しだけ受け取れる気がした。

段ボール箱を膝の上に置いたまま、私はしばらく動けなかった。

任務報告

村上清子さんが亡くなって、三週間が経った。

享年七十四歳。

元小学校の教員で、定年後は地域の読み聞かせボランティアを続けていたと、葬儀のときに初めて知った。

私が里親として清子さんのもとに預けられたのは、私が八歳のときだった。

それから十年間、私は村上家で育った。

今の私は四十二歳になる。

四十四歳で、製造業の会社に勤めている夫の健一には「一人で行きたい」と伝えた。

理由はうまく説明できなかった。

ただ、誰かに見られながら整理できる気がしなかった。

最寄り駅から歩いて十二分。

その道を、体が覚えていた。

角を曲がるタイミング、坂の途中にある自動販売機、隣家の金木犀の木。

全部、変わっていなかった。

変わっていないことが、少し怖かった。

玄関の鍵は、清子さんの姪の、五十一歳で葬儀の際に挨拶を交わした佐藤礼子さんが持っていた。

礼子さんは「ゆっくりやってください」と言い残して、一時間後にまた来ると言った。

私は一人で、静かな家の中に立った。

においがした。

線香と、古い畳と、かすかに何か甘いものの混じった、村上家のにおいだった。

居間から始めて、台所、納戸と片付けていった。

処分するものと、残すものと、確認が必要なものに分けながら、機械的に手を動かした。

泣くかもしれないと思っていた。

でも、泣けなかった。

それが怖かった。

悲しくないのか、と自分に問いかけてみたが、答えが出なかった。

悲しくないわけではないと思う。

ただ、その感情がどこにあるのか、自分でも見つけられなかった。

押し入れの奥に、段ボール箱があった。

ガムテープで丁寧に封がされていて、側面にマジックで「さやかのこと」と書いてあった。

私の名前だった。

手が止まった。

開けるのに、少し時間がかかった。

中には、アルバムが四冊、几帳面に重ねて入っていた。

一冊目を開くと、私が委託されて最初の秋に行った遠足の写真があった。

私は写真の中で笑っていた。

その隣に、清子さんが立っていた。

次のページ。

誕生日ケーキの前で、私が目を閉じている写真。

次。

中学の入学式。

次。

高校の入学式。

自分でもほとんど覚えていない場面が、几帳面に並んでいた。

写真の中の私は、ほとんどの場面で笑っていた。

笑っていた理由を、私は何ひとつ思い出せなかった。

泣けない自分を、少し責めた。

清子さんは、私を一度も「娘」と呼ばなかった。

私も「お母さん」と呼んだことはなかった。

それが冷たい関係だったかといえば、そうじゃないと思う。

ただ、私たちの間にはずっと、名前のつかない距離があった。

悪い距離ではなかった。

でも、埋まることもなかった。

アルバムを静かに閉じた。

「さやかのこと」と書かれた文字を、もう一度見た。

清子さんの字だった。

几帳面で、少し右上がりの。

私は、その段ボール箱を持って帰ることにした。

なぜそうしたいのかは、自分でもわからなかった。

ただ、誰かに処分させたくなかった。

それだけはわかった。

任務報告

奈緒さんに連絡したのは、翌週の月曜日だった。

「話したいことがある」とメッセージを送った。
奈緒さんからすぐに返信が来た。
「いつでも」と書いてあった。
そのたった三文字が、重かった。
いつでも、という言葉の中に、待っていた時間があった。

水曜日の夜、また同じ居酒屋に行った。

カウンターに二人で座った。
ビールを頼んだ。
グラスが来た。
でも今夜は乾杯しなかった。
私がグラスを持たなかったから、奈緒さんも持たなかった。
先に話すべきだと思った。

「遥のことを、正直に話す」と私は言った。

奈緒さんが頷いた。

全部話した。

先月の夜、廊下で遥の泣き声を聞いたこと。
ノックできなかったこと。
翌朝、二人とも何も言わなかったこと。
先週、遥の部屋に入って話したこと。
「お父さんが好きならいいんじゃない」という言葉のこと。

話しながら、奈緒さんの顔を見た。

奈緒さんは黙って聞いていた。
グラスを両手で持ったまま、聞いていた。
表情が、途中で一度だけ動いた。
遥の言葉を話したとき。
「お父さんが好きならいいんじゃない」と私が言ったとき、奈緒さんの目が、少し揺れた。
でも何も言わなかった。
最後まで、聞いていた。

話し終えた。

カウンターが静かになった。
隣の席で、誰かが笑っていた。
居酒屋の音が、遠かった。

奈緒さんがグラスを置いた。

「遥ちゃん、そんなこと考えてたんだね」と言った。
責める声ではなかった。
ただ、言った。

「ああ」と私は言った。

「私が来るたびに、測ってたんだね。
この人は信用できるかって」
「そう見えた」
奈緒さんが少し黙った。
「私、遥ちゃんに好かれようとしてたかもしれない」と言った。
「好かれようとして、空回りしてたかもしれない」
私は何も言えなかった。
否定できなかった。
でも奈緒さんを責める気持ちもなかった。
好かれようとすることの、どこが悪いのか。
悪くなかった。
ただ、遥には届かなかった。
それだけのことだった。

「わかった」と奈緒さんが言った。

わかった、という言葉の意味を、私はすぐには聞けなかった。

別れを受け入れたのか。
待つということなのか。
距離を置くということなのか。
その言葉の中に何があるのか、聞かなければわからなかった。
でも聞けなかった。
聞いてしまえば、奈緒さんが答えを出さなければならなくなる。
今夜、それを求めるのは違う気がした。

「ありがとう」と奈緒さんが言った。
「話してくれて」
私は頷いた。

二人でビールを飲んだ。
冷えていた。
苦かった。
外が雨になっていた。
居酒屋の窓に、雨粒が当たった。
七月の雨だった。

その夜、帰ってから、私は遥の部屋をノックした。

「どうぞ」と遥が言った。

入ると、遥がベッドで本を読んでいた。
私は机の前の椅子に座った。
先週と同じ場所だった。

「話がある」と私は言った。

遥が本を閉じた。
膝の上に置いた。
私を見た。

「しばらく、別のおうちにいてほしい」と私は言った。
「里親、という制度がある。
遥のことをちゃんと迎えてくれる家が、ある」
遥が黙った。

私は続けた。
遥のためでも、奈緒さんのためでもなく、全部のためだと言おうとした。
でも言葉がうまく出なかった。
出てきたのは、別の言葉だった。

「俺が、まだ準備できていなかった。
遥と二人の生活を、ちゃんと守れていなかった。
それが先にある」
遥が下を向いた。
指がパジャマをつまんだ。
いつもの癖だった。

「お父さんは」と遥が言った。

「お父さんはここにいる」と私は言った。
「どこにも行かない」

遥が黙った。

長い沈黙だった。
外の雨が、窓を叩いていた。
七月の雨音だった。
本棚の本が、きれいに並んでいた。
遥の手が、パジャマをつまんだまま、止まっていた。

「わかった」と遥が言った。

先週の「わかった」より、重かった。
先週は場所を譲った「わかった」だった。
今夜は違った。
お父さんがここにいると言ったから、わかった。
その違いが、私にはわかった。

「遥」と私は言った。

「なに」
「お前に譲らせた。
すまなかった」
遥が顔を上げた。
私を見た。
目が、少し赤かった。
でも泣かなかった。
唇をきつく結んで、私を見た。

「べつに」と遥が言った。

二度目の「べつに」だった。
先週と同じ言葉だった。
でも今夜の「べつに」は、声が震えていなかった。
まっすぐ出てきた言葉だった。

部屋を出た。

廊下に出て、ドアを閉めた。
雨の音が続いていた。
私はしばらく廊下に立った。

誰かが場所を譲った。

大人が譲った。
奈緒さんが「わかった」と言った。
私が遥に正直に話した。
遥は譲らなくてよかった。
そのことだけが、今夜の私には十分だった。
十分かどうかは、本当はわからなかった。
奈緒さんの「わかった」の意味も、これからどうなるかも、まだ何もわからなかった。

でも今夜、遥が泣かなかった。

声を殺さずに、まっすぐ「べつに」と言えた。
それだけが、今夜の確かなことだった。

廊下を歩いた。

台所に行って、水を一杯飲んだ。
冷たかった。
喉を通って、腹に落ちた。
窓の外で、雨が続いていた。
七月の雨だった。
明日も降るかもしれなかった。
明日のことは、明日になればわかる。

今夜は、それだけでよかった。

任務報告

七月になった。

期末試験が終わって、学校が少し静かになった。
私の担当するクラスも、試験明けの緩んだ空気があった。
生徒たちがよく笑っていた。
私はそれを見ながら、遥はどうだろうと思った。
遥の試験が終わったかどうか、聞いていなかった。

帰り道、スーパーに寄った。

遥の好きなものを買おうとした。
何が好きだったか、考えた。
からあげ。
きゅうりの浅漬け。
プリン。
三つは出てきた。
四つ目が出てこなかった。
四年間、一緒に暮らしていて、四つ目が出てこなかった。
スーパーの蛍光灯の下で、かごを持ったまま、しばらく立っていた。

からあげの材料を買った。

夕飯を食べ終えてから、遥が部屋に戻ろうとした。

「遥」と私は言った。

遥が振り返った。
「なに」と言った。

「ちょっといいか」
遥が少し間を置いた。
「うん」と言った。

遥の部屋に入るのは、久しぶりだった。
本棚に本が並んでいた。
背表紙が、きれいに揃っていた。
几帳面に並べていた。
机の上に、教科書とノートがあった。
ベッドが、きちんと整えられていた。
十一歳の部屋だったが、私の部屋より整っていた。

遥がベッドに座った。
私は机の前の椅子に座った。
向かい合った。

「奈緒さんのこと、どう思う」と私は言った。

言ってしまってから、唐突だったと思った。
前置きがなかった。
でも前置きを探していたら、また言えなくなる気がした。
だから言った。

遥が黙った。

膝の上に手を置いて、下を見た。
私は遥を見た。
遥の手が、少し動いた。
指が、パジャマの生地をつまんだ。
離した。
またつまんだ。

沈黙が続いた。

私は待った。
急かさなかった。
体育の授業で、生徒が答えを探しているとき、待つことを覚えた。
待つことが、答えを引き出すことがある。
今夜も、待った。

「お父さんが好きならいいんじゃない」と遥が言った。

下を向いたまま言った。
私の顔を見なかった。

その言葉を、私はしばらく考えた。

お父さんが好きならいい。

好きでいてもいい、ではなかった。
拓海が好きなら、私は何も言わない。
拓海が決めることだから、私には関係ない。
そういう言葉だった。
十一歳が、場所を譲った言葉だった。

遥がいつ、その言葉を用意したのか。

夜泣きをしながら、用意したのかもしれなかった。
声を殺して泣きながら、父親に何か聞かれたときのために、用意した言葉かもしれなかった。
その想像が、胸に刺さった。
刺さったまま、抜けなかった。

「遥」と私は言った。

遥が顔を上げた。

「お前が、どう思うかを聞いてる」
遥がまた下を向いた。
指がパジャマをつまんだ。
「わからない」と言った。
今度は小さい声だった。

「そうか」と私は言った。

椅子から立とうとして、止まった。

立ったら、終わりになる気がした。
この部屋を出たら、また何も言えないまま戻る気がした。
だから座ったまま、もう少しいた。

「俺も、わからない」と私は言った。

遥が顔を上げた。
今度は私を見た。

「どうすれば正しいのか、わからない。
遥のこと、奈緒さんのこと、どっちも大事で、どっちが先かを決められない。
ずっとそのまま、動けなかった」
遥が黙っていた。

「だから今夜、聞いた。
お前に聞かないで、決めるのは、違う気がした」
部屋が静かだった。

本棚の本が、並んでいた。
外で、虫が鳴いていた。
七月の夜だった。
遥が膝の上の手を見た。
指が、パジャマをつまんでいた。

「お父さんは、奈緒さんのこと、好きなの」と遥が言った。

「好きだ」と私は言った。
「お前のことも、好きだ」
遥が「そっか」と言った。

それだけだった。
答えは出なかった。
でも今夜、遥と話した。
話せた。
それだけが、今夜の確かなことだった。

部屋を出る前に、私は遥に言った。

「夜泣いてるの、聞こえてた」
遥が固まった。

「ノックできなかった。
すまなかった」
遥はしばらく黙った。
それから「べつに」と言った。
でも声が、少し震えた。

私は部屋を出た。

廊下に出て、ドアを閉めた。
遥の部屋の前に、少しだけ立った。
中から音はしなかった。
泣いていなかった。
少なくとも今は、泣いていなかった。

それだけで、今夜は十分だった。

任務報告

委託の朝、いい日だった。

目が覚めたとき、光が眩しすぎなかった。
体が重くなかった。
布団から出られた。
今日はいい日だ、とわかった。
わかって、少し泣きそうになった。
泣かなかった。
今日は泣く日ではなかった。
今日は、朝陽と朝食を作る日だった。

朝陽を起こしに行った。

部屋に入ると、朝陽はもう起きていた。
布団の上に座って、窓の外を見ていた。
私が入ってくると、振り返った。
笑った。
確認しなかった。
私の顔を見る前に、笑った。

「おはよう」と朝陽が言った。

「おはよう」と私は言った。
「一緒に作ろう」
朝陽が「うん」と言って、立ち上がった。

二人で台所に立った。

朝陽が卵を割った。
上手だった。
黄身が崩れなかった。
いつから上手になったのか、わからなかった。
でも上手だった。
私がほうれん草を切った。
朝陽が混ぜた。
二人で作った。

スクランブルエッグができた。

トーストと一緒に、テーブルに並べた。
二人で座って食べた。
朝陽が「おいしい」と言った。
私も食べた。
飲み込めた。
味がした。
卵の柔らかい味がした。
今日は最後の朝食だった。
でも最後だとは言わなかった。
ただ、食べた。

食べながら、朝陽が話した。

昨日、学校で理科の実験があったこと。
植物の種を植えたこと。
芽が出るのが楽しみだと言った。
私は「何の種」と聞いた。
「ひまわり」と朝陽が言った。
「ひまわりかあ」と私は言った。
「大きくなるよ」と朝陽が言った。
「なるね」と私は言った。

普通の朝だった。

普通の朝が、今日もあった。

担当者の車で、里親の家へ向かった。

朝陽が後部座席に座った。
窓の外を見ていた。
私は隣に座った。
車が動き出した。
町が流れた。
いつも通る道だった。
パン屋、郵便局、朝陽の通う小学校。
小学校の前を通ったとき、朝陽が少しだけ窓の方に顔を向けた。
何も言わなかった。
また前を向いた。

私は朝陽の横顔を見た。

ひまわりの種を植えた、と言っていた。
芽が出るのを楽しみにしていた。
その芽が出るころ、朝陽はここにいない。
誰が水をやるのか。
先生がやるかもしれない。
クラスの誰かがやるかもしれない。
朝陽が見られないかもしれなかった。

でも種は、植えた。

朝陽が植えた種が、土の中にあった。
それだけは、確かだった。

里親の家は、川の近くにあった。

緑の多い、静かな住宅街だった。
庭に、花壇があった。
色とりどりの花が咲いていた。
誰かが丁寧に育てた花だった。
担当者が車を止めた。

里親の夫婦が出てきた。

五十代の、穏やかな二人だった。
妻が朝陽に「来てくれてありがとう」と言った。
声が温かかった。
朝陽が少し照れた。
夫が「花、好きか」と言った。
花壇を指した。
朝陽が「きれいですね」と言った。
夫が「一緒に育てよう」と言った。
朝陽が小さく頷いた。

私はその会話を、少し離れて見ていた。

朝陽が花壇を見ていた。
色とりどりの花を、じっと見ていた。
ひまわりはまだなかった。
でも夏になれば、咲くかもしれなかった。
朝陽が育てた、学校のひまわりとは別の、ひまわりが。

玄関の前で、朝陽が私を見た。

「お母さん」と言った。

「なに」
「だめな日は、どうするの」
私は止まった。

だめな日。
朝陽がその言葉を使った。
いい日と、だめな日。
その区別を、朝陽はずっと知っていた。
知っていて、今日も使った。
だめな日の私を、心配していた。

「一人でいる」と私は言った。

正直に言った。
だめな日は、布団の中にいる。
一人でいる。
それが今までだった。

朝陽が「一人はだめだよ」と言った。

静かな声だった。
責めていなかった。
ただ、言った。
八歳が、母親に言った。
一人はだめだよ、と。

私は答えられなかった。

答えられないまま、朝陽の顔を見た。
朝陽が私を見ていた。
笑っていなかった。
でも怒っていなかった。
ただ、真剣な顔だった。
八歳の、真剣な顔だった。

「わかった」と私は言った。

朝陽が少し頷いた。
それから里親の妻の方を向いた。
妻が「入ろうか」と言った。
朝陽が頷いた。
歩き出した。
玄関のドアが開いた。
朝陽が中に入った。
一度だけ振り返った。
私を見た。
笑った。

確認しなかった。

私の顔を見る前に、笑った。
振り返って、そのまま笑った。
それだけだった。
ドアが閉まった。

花壇の花が、風に揺れた。

帰り道、私は担当者の車に乗らなかった。

「歩いて帰ります」と言った。
担当者が「大丈夫ですか」と言った。
「今日はいい日なので」と私は言った。
担当者が頷いた。

川沿いの道を歩いた。

水が流れていた。
五月の川だった。
光が水面に当たって、きらきらしていた。
風が吹いた。
温かかった。

スマホを取った。

川島さんの名前を探した。
電話をかけた。
呼び出し音が鳴った。
二回鳴って、川島さんが出た。

「松本です」と私は言った。
「朝陽を、送ってきました」
「そうですか」と川島さんが言った。
穏やかな声だった。
「今、どこにいますか」
「川の近くを、歩いています」
「一人ですか」
「一人です」と私は言った。
少し間を置いた。
「だめな日になったとき、電話してもいいですか」
川島さんが「もちろんです」と言った。
「いつでも」

電話を切った。

川が流れていた。
止まらずに、流れていた。
私は歩き続けた。

朝陽が「一人はだめだよ」と言った。
その言葉が、今日の私を動かした。
だめな日に一人でいることを、朝陽に心配させない。
そのための電話だった。
朝陽のための電話が、私のための電話でもあった。

今日は、まだいい日だった。

だめな日が来るかもしれなかった。
明日かもしれなかった。
来週かもしれなかった。
でもだめな日になっても、今日、電話番号を一つ持った。
川島さんの声が、電話口にあった。

だめな日も、もう一人ではなかった。

川沿いの道が続いていた。
光が水面に当たっていた。
風が吹いた。
五月の風が、温かかった。
私は歩いた。
どこまで歩くかは、決めていなかった。
でも今日は歩けた。
いい日の足が、川沿いを歩いていた。

朝陽が植えたひまわりが、今頃土の中にあった。

芽が出るのを、誰かが楽しみにしている。
朝陽が楽しみにしている。
その楽しみが、土の中にあった。
私には見えなかったが、そこにあった。

それだけが、今日の最後に、確かなことだった。

任務報告

奈緒さんと会ったのは、金曜日の夜だった。

遥は同級生の家に泊まりに行っていた。
珍しいことだった。
遥が友達の家に泊まるのは、この一年で二度目だった。
奈緒さんと二人で会える夜が、自然にできた。
自然にできたことが、少し後ろめたかった。
後ろめたい理由を、うまく言えなかった。

駅の近くの、小さな居酒屋だった。

カウンターに二人で座った。
奈緒さんがビールを頼んだ。
私も同じものを頼んだ。
グラスが来た。
二人で飲んだ。
奈緒さんが「遥ちゃん、お泊まりなんだね」と言った。
「珍しいだろ」と私は言った。
奈緒さんが「友達がいるんだね」と言った。
笑った。
私も笑った。

笑いながら、遥の夜泣きを思い出した。

しばらく、仕事の話をした。

奈緒さんが担当している生徒のこと。
私が受け持っているクラスのこと。
話しやすい話題だった。
二人とも学校に勤めていた。
共通の話題が、自然に出てきた。
奈緒さんの話し方は、聞きやすかった。
声が穏やかで、言葉を選ぶ人だった。

料理が来た。

枝豆と、だし巻き卵と、焼き鳥が並んだ。
奈緒さんが「食べて」と言った。
私は箸を取った。
だし巻き卵を食べた。
柔らかかった。
出汁の味がした。
奈緒さんも食べた。
しばらく、食べながら話した。

「遥ちゃん、少しずつ慣れてくれるといいね」と奈緒さんが言った。

グラスを持ったまま、言った。
私を見ていた。

「そうだな」と私は言った。

奈緒さんが少し間を置いた。

「私、何か失礼なことしたかな」と言った。

グラスを置いた。
カウンターに目を落としながら言った。
私を見なかった。
聞きたくて聞いたのか、聞かずにいられなくて聞いたのか、わからなかった。
でもその言葉の中に、先週の夕飯からずっと抱えていたものがあった。

「そんなことない」と私は言った。

「料理、口に合わなかったかな」
「うまかったと思う」
「話しかけ方、変だったかな」
「そんなことない」
奈緒さんが「そっか」と言った。
でも顔が、晴れなかった。
私にはわかった。
そんなことない、という言葉が、答えになっていないことが、奈緒さんにはわかっていた。
わかっていて、これ以上聞かなかった。

帰り道、一人で歩いた。

奈緒さんとは駅で別れた。
奈緒さんが「また連絡する」と言った。
私は「ああ」と言った。
改札を入る奈緒さんの背中を見た。
小さくなって、消えた。

私は歩いた。

夜の道だった。
六月だから、風が生ぬるかった。
街灯が続いていた。
人が少なかった。
歩きながら、奈緒さんは悪くない、と思った。

何度思っても、遥の夜泣きが頭から消えなかった。

声を殺して泣いていた音。
廊下に立って、ノックできなかった夜。
翌朝、目が腫れていた遥の横顔。
それが、歩くたびに浮かんだ。

奈緒さんに、言えなかった。

遥が泣いていたことを。
廊下でノックできなかったことを。
翌朝、二人とも何も言わなかったことを。
全部、言えなかった。
言えば、奈緒さんが傷つく。
傷ついた奈緒さんが、遥との距離をもっと慎重に測り始める。
その慎重さが、遥にはもっと伝わらない。

わかっていた。

悪循環だとわかっていた。
でも言えなかった。

交差点で、信号が赤になった。

止まった。
車が通った。
ヘッドライトが、道を照らした。
通り過ぎた。
暗くなった。
信号が青になった。
歩いた。

今夜、私は誰に対しても正直になれなかった。

奈緒さんには「そんなことない」と言った。
遥には何も言えていない。
自分に対しても、何が正しいのかを決められずにいる。
体育教師として、生徒に正直でいることを教えてきた。
正直に話せ、と何度も言ってきた。
自分がいちばん、できていなかった。

アパートに帰った。

遥はいなかった。
部屋が静かだった。
いつもは遥がいる静けさと、いない静けさが、違った。
遥がいない静けさは、広かった。
広くて、少し寒かった。

私はソファに座った。

テレビをつけなかった。
静かな部屋に、一人でいた。
奈緒さんのこと、遥のこと、順番に考えようとした。
でも順番がつかなかった。
どちらが先かを決めると、どちらかを後回しにすることになる。
後回しにできる話ではなかった。

どちらも、大事だった。

どちらも大事だから、動けなかった。
考えるより動くはずの自分が、この問題だけは動けなかった。
ソファに座ったまま、夜が深くなった。

任務報告

話す日を、土曜日に決めた。

理由があった。
土曜日は朝陽が学校に行かない。
一日、一緒にいられる。
話すなら、一日の終わりがいいと思った。
朝に話して、朝陽が学校に行く後ろ姿を見送るのは、違う気がした。
話した後、一緒にいたかった。

その土曜日は、いい日だった。

朝、目が覚めたとき、体が重くなかった。
光が眩しすぎなかった。
布団から出られた。
今日はいい日だ、とわかった。
今日に決めていてよかった、と思った。
だめな日に、この話はできなかった。

朝食を、一緒に作った。

「何がいい」と朝陽に聞いた。
「ホットケーキ」と朝陽が言った。
ホットケーキは、時間がかかった。
でも今日は時間があった。
粉を量って、卵を割って、牛乳を入れた。
朝陽が混ぜた。
泡立て器で、真剣に混ぜた。
生地が滑らかになった。

フライパンに流した。

丸く広がった。
表面に気泡が出てきた。
ひっくり返した。
きつね色だった。
うまくできた。
朝陽が「きれい」と言った。
笑った。
私の顔を確認する前に、フライパンを見て笑った。

二枚、三枚と焼いた。

バターとメープルシロップを出した。
二人でテーブルに座って食べた。
甘かった。
温かかった。
朝陽が「おいしい」と言った。
私も食べた。
今日は飲み込めた。
喉が、ちゃんと動いた。

午後、一緒にテレビを見た。

朝陽が好きな動物の番組だった。
アフリカの草原で、チーターが走っていた。
朝陽が「速い」と言った。
「本当に速いね」と私は言った。
チーターが獲物を追いかけた。
朝陽が画面に近づいた。
私は「離れて見なさい」と言った。
朝陽が「はーい」と言って、少し戻った。

普通の午後だった。

普通の午後が、今日はあった。
こういう午後を、もっと作れていたらよかった。
でも今日は、あった。
今日あったことは、本当にあった。
それだけは、確かだった。

テレビが終わった。

夕飯を作った。
朝陽の好きなからあげにした。
油の温度を確かめながら、揚げた。
焦げなかった。
きつね色に、うまく揚がった。
二人で食べた。
朝陽が「おいしい」と言った。
三回、言った。

夕飯の片付けが終わってから、私はソファに朝陽を呼んだ。

「朝陽、ちょっといい」
朝陽が来た。
私の隣に座った。
テレビはついていなかった。
部屋が静かだった。
五月の夜だった。
窓の外で、どこかで虫が鳴いていた。

「話があるんだけど」と私は言った。

朝陽が私を見た。
笑っていなかった。
でも怖がってもいなかった。
ただ、聞く顔だった。

「朝陽に、新しいおうちに行ってほしいと思ってる」と私は言った。
「お母さんとは別の、別の大人の人のところへ」
朝陽が黙った。

私は続けた。
里親という制度のこと。
朝陽のことをちゃんと迎えてくれる家があること。
お母さんが元気になるための時間が必要なこと。
川島さんに教わった言葉を、自分の言葉に変えながら、話した。

朝陽がしばらく黙っていた。

膝の上に手を置いて、下を見ていた。
私は待った。
急かさなかった。
朝陽のペースを、待った。

「お母さんが治ったら、帰れる?」と朝陽が言った。

私は一秒、止まった。

治る、という言葉を、自分に使ったことが、あまりなかった。
治るかどうか、わからなかった。
主治医も、治る、とは言わなかった。
うまく付き合っていく、という言葉を使った。
でも朝陽は、治る、と言った。

「そうなるといいと思ってる」と私は言った。

嘘をつかなかった。
治る、と言えなかった。
でも治りたい、という気持ちは本物だった。
そうなるといいと思ってる、という言葉が、今の私に言える、一番正直な言葉だった。

朝陽が頷いた。
「わかった」と言った。

部屋が静かだった。

私は朝陽の横顔を見た。
朝陽が窓の外を見ていた。
虫の声がしていた。
五月の夜の、細い声だった。

「今日、いい日だったね」と朝陽が言った。

私は止まった。

朝陽が、いい日、という言葉を使った。
私が使う言葉を、朝陽も使っていた。
いい日と、だめな日。
その区別を、朝陽はずっと知っていた。
私が思っていた以上に、ずっと前から、知っていた。

「うん」と私は言った。
声が、震えそうだった。
震える前に、飲んだ。
「今日は、いい日だった」
「ホットケーキ、おいしかった」と朝陽が言った。

「うん」と私は言った。

「からあげも」
「うん」
朝陽が私を見た。
笑った。
確認しなかった。
私の顔を見る前に、笑った。
今日は何度も、確認しない笑顔があった。

私も笑った。

涙が出そうだったが、出なかった。
笑えた。
今日はいい日だった。
いい日の終わりに、この話ができた。
いい日に話したかった。
だめな日に話すより、いい日に話したかった。
それだけは、叶った。

任務報告

奈緒さんが来てから、一週間が過ぎた。

その間、遥は変わらなかった。
朝、起きてくる。
朝食を食べる。
学校へ行く。
帰ってくる。
夕飯を食べる。
部屋に戻る。
眠る。
その繰り返しだった。
私も変わらなかった。
学校へ行って、帰って、夕飯を作って、食べた。
二人の生活は、表面だけ見れば、何も変わっていなかった。

変わっていないことが、変わっているのかもしれなかった。

でも確かめる方法がなかった。
遥に「どうだ」と聞けなかった。
「何が」と聞き返されたら、答えられなかった。
体育教師として生徒に話しかけるときは、言葉が出た。
でも遥には、出なかった。

木曜日の夜だった。

私は風呂から上がって、廊下を歩いた。
遥の部屋の前を通った。
ドアが閉まっていた。
いつも閉まっている。
でもその夜は、ドアの隙間から光が漏れていた。
まだ起きていた。

音がした。

小さな音だった。
最初、何の音かわからなかった。
一歩、止まった。
もう一度、聞いた。

泣いていた。

声を殺して、泣いていた。
声を殺していたから、余計に聞こえた。
堪えている音が、ドアの隙間から漏れてきた。

私はドアの前に立った。

ノックしようとした。

右手を上げた。
ドアの前で、止まった。

何を言えばいいか、わからなかった。
「どうした」と言えば、遥が答える。
答えた内容によっては、私が選ばなければならなくなる。
奈緒さんのことだと遥が言ったとき、私は何を言えるか。
大丈夫だと言えるか。
奈緒さんとは終わりにする、と言えるか。
遥が一番大事だと言えるか。

言えるかどうか、わからなかった。

わからないまま、ドアをノックすることが、できなかった。
右手を下ろした。
廊下に立ったまま、しばらくいた。
遥の泣き声が、まだ聞こえていた。
堪えている、細い音だった。
十一歳が声を殺して泣く音だった。

私は自分の部屋に戻った。

ベッドに入った。

天井を見た。
白い天井だった。
暗くて、よく見えなかった。
遥の泣き声が、耳に残っていた。
実際にはもう聞こえなかった。
でも残っていた。

遥が泣いている理由は、わかっていた。

奈緒さんのことだった。
確かめたわけではなかった。
でもわかっていた。
四年間、二人で暮らしてきた。
遥の泣き方を、私は知っていた。
悔しくて泣くときと、寂しくて泣くときと、怖くて泣くときが、違った。
今夜の音は、怖くて泣く音に似ていた。

何が怖いのか。

変わることが怖いのか。
二人の生活が変わることが怖いのか。
それとも、変わった後に自分の居場所がなくなることが怖いのか。

答えを、私は知らなかった。

知らないまま、ドアを開けなかった。
開けられなかった。
開けた先に、自分がまだ用意できていない言葉が待っている気がした。
用意できていない言葉を、遥にぶつけたくなかった。

それは、遥のためだったのか。

自分のためだったのか。
今夜は、区別がつかなかった。

翌朝、遥が台所に来た。

髪が少し寝癖になっていた。
目が、微かに腫れていた。
でも私は言わなかった。
遥も言わなかった。

「おはよう」と遥が言った。

「おはよう」と私は言った。

トーストを焼いた。
二枚、焼けた。
バターを塗った。
二人でテーブルに座った。
遥がトーストをかじった。
私も食べた。

窓から朝の光が入った。

六月の光だった。
柔らかかった。
遥の横顔に、光が当たった。
目の腫れが、光の中でわかった。
私は味噌汁を飲んだ。
熱かった。
喉に落ちた。

二人とも、何も言わなかった。

昨夜のことを言わなかった。
言わないことで、何かが保たれた。
何が保たれたのか、今朝もわからなかった。
ただ、二人で朝食を食べた。
それだけが、今朝の確かなことだった。

遥が「行ってきます」と言った。

「行ってらっしゃい」と私は言った。

ドアが閉まった。
廊下に足音がした。
階段を降りる音がして、消えた。

私は一人で、残ったトーストを食べた。
冷めていた。
バターが固まっていた。
それでも食べた。
窓の外で、どこかで鳥が鳴いた。
六月の朝だった。

任務報告

面談は、月に二回あった。

精神科の外来に、支援員の川島さんがいた。
四十代の、落ち着いた女性だった。
診察の前後に、三十分ほど話す時間があった。
私はいつも「大丈夫です」と言ってきた。
大丈夫ではなかった。
でも大丈夫と言うことで、自分を保ってきた。
大丈夫と言えば、大丈夫な人間でいられる気がした。
そう思ってきた。

五月の面談だった。

川島さんが向かいに座った。
部屋は小さかった。
窓が一つあって、外が見えた。
今日は曇っていた。
白い空だった。
川島さんが「最近、どうですか」と言った。

「先週、三日間、布団から出られませんでした」と私は言った。

川島さんが頷いた。
「三日間、朝陽くんはどうしていましたか」と言った。

朝陽のことを聞かれたのは、初めてだった。

「大丈夫です」と言おうとした。
言いかけた。
でも止まった。
朝陽のことを、大丈夫と言えなかった。
自分のことは大丈夫と言えた。
嘘でも言えた。
でも朝陽のことには、その言葉が出なかった。

「夕飯を、作ってくれました」と私は言った。
「朝陽が」
川島さんが少し間を置いた。
「作ってくれたんですね」と言った。

「はい。
いつからか、作れるようになっていて」私は続けた。
「気づいたら、そうなっていました。
私が教えたわけじゃなくて」
川島さんが頷いた。
「他に、気づいたことはありますか」と言った。

私は少し黙った。
今朝の朝陽の顔が、浮かんだ。
笑う前に、私の顔を見る。
確認してから、笑う。
その順番が、浮かんだ。

「笑う前に、私の顔を見るんです」と私は言った。

「朝陽くんが?」
「はい。
笑っていいかどうか、確認してから笑う。
今朝、初めて気づきました」
川島さんが黙った。
窓の外の白い空が、変わらずそこにあった。
私は川島さんの顔を見た。
川島さんは私を見ていた。
責めていなかった。
でも何かを、受け取っていた。

涙が出た。

止めようとしたが、出た。
出てしまってから、止めることを諦めた。
川島さんがティッシュを差し出した。
私は受け取った。
目を押さえた。
泣きながら、続けた。

「私が、そうさせたんだと思います。
だめな日の私を見て、覚えたんだと思う」
「そうかもしれません」と川島さんが言った。

否定しなかった。
でも責めなかった。
そうかもしれない、とだけ言った。

泣きながら、話した。

元夫と離婚してから、うつが悪化したこと。
一人で朝陽を育てながら、「大丈夫です」と言い続けてきたこと。
大丈夫ではない日を、朝陽に見せてきたこと。
見せながら、朝陽が変わっていくのを、気づかないふりをしてきたこと。

全部、川島さんの前で出てきた。

川島さんは黙って聞いた。
メモを取らなかった。
ただ、聞いた。
その聞き方が、川島さんらしかった。
急かさなかった。
まとめようとしなかった。
私が話すままに、受け取った。

泣き終えた。

ティッシュが、手の中でぐしゃぐしゃになっていた。
私はそれを握ったまま、川島さんを見た。

「由佳さんが気づいたこと、大事なことだと思います」と川島さんが言った。

大事なこと、という言葉が、部屋に残った。

責めではなかった。
慰めでもなかった。
ただ、大事なことだ、と言った。
気づいたことを、大事なことだと言った。
気づいてしまったことを、責められると思っていた。
自分でも責めていた。
でも川島さんは、大事なことだと言った。

「朝陽くんのために、何かできることを、一緒に考えませんか」と川島さんが言った。

私は頷いた。

「里親、という選択肢があります」と川島さんが言った。
「由佳さんが回復するための時間を、朝陽くんが安全な場所で過ごす、という考え方です」
里親、という言葉を、聞いたことはあった。
でも自分に関係のある言葉だとは、思っていなかった。
今日まで。

川島さんの声が、穏やかだった。

窓の外の空が、少し明るくなっていた。
白い雲が、動いていた。
私はそれを見た。
動いていた。
止まっていなかった。
雲は、止まらなかった。

面談室を出た。

廊下が明るかった。
蛍光灯の白い光が、廊下に続いていた。
私は歩いた。
泣いた後の顔が、まだ残っていた。
目が、腫れているかもしれなかった。
でも歩けた。

自分のことは嘘をつけた。

でも朝陽のことには、嘘をつけなかった。
その違いが、今日の私には大きかった。
嘘をつかなかったから、泣いた。
泣いたから、川島さんに聞いてもらえた。
聞いてもらえたから、里親という言葉が届いた。

順番があった。

嘘をつかないことが、最初にあった。
朝陽の顔が、笑う前に私の顔を見た、あの朝が、最初にあった。

外に出た。

曇っていた空が、少し変わっていた。
雲の隙間から、光が差していた。
五月の光だった。
眩しかったが、刺さらなかった。
今日は、まだいい日だった。

任務報告

三日後、いい日が戻ってきた。

目が覚めたとき、光が眩しすぎなかった。
体が、重くなかった。
布団から出られた。
それだけで、今日はいい日だとわかった。
いい日が三日ぶりに来た。
三日間、何ができたか。
布団にいた。
朝陽が作ったものを、少し食べた。
それだけだった。

台所に立った。

冷蔵庫を開けた。
卵があった。
ほうれん草があった。
朝陽の好きな卵焼きを作ろうと思った。
出汁を少し入れると、甘くなる。
朝陽が好きな甘さだった。
どこで覚えたか、わからなかった。
気づいたら、朝陽の好きな甘さを知っていた。

フライパンを熱した。

卵を溶いた。
出汁を入れた。
菜箸で混ぜた。
フライパンに流した。
端から巻いた。
うまく巻けなかった。
形が崩れた。
でも焼けた。
皿に乗せた。
三日ぶりに、朝食を作れた。

朝陽を起こしに行った。

部屋に入ると、朝陽はもう起きていた。
ベッドに座って、本を読んでいた。
私が入ってきた気配を感じて、顔を上げた。

笑った。

笑う前に、一瞬だけ私の顔を見た。
私の顔を確認してから、笑った。

私はその順番に、気づいた。

今まで気づかなかった。
でも今朝、気づいた。
笑う前に、私の顔を見る。
確認する。
お母さんは今日、いい日か。
笑っても大丈夫か。
それを確かめてから、笑っていた。

朝陽が「おはよう」と言った。

「おはよう」と私は言った。
声が、少しだけ遅れた。

台所に戻った。

卵焼きが皿にあった。
崩れた形のまま、あった。
トーストを焼いた。
牛乳をコップに注いだ。
朝陽が台所に来た。
椅子に座った。

「卵焼き」と朝陽が言った。
嬉しそうだった。

「形、崩れちゃった」と私は言った。

「いいよ」と朝陽が言った。
「おいしければ」
箸を取った。
一口食べた。
「おいしい」と言った。
笑った。

笑う前に、私の顔を見なかった。
卵焼きを見て、笑った。
今度は確認しなかった。
卵焼きが嬉しくて、確認する前に笑った。

私はそれを見た。

確認しない笑顔が、あった。
確認する笑顔と、確認しない笑顔が、朝陽には両方あった。
どちらが本当の笑顔か、ではなかった。
両方、本当だった。
でも確認する笑顔を、私が作らせていた。

トーストを手に取った。

食べようとした。
口に入れた。
噛んだ。
飲み込もうとした。
飲み込めなかった。
喉の手前で、止まった。

置いた。

朝陽が「どうしたの」と言った。

「ちょっと待って」と私は言った。
水を飲んだ。
冷たかった。
ゆっくり飲んだ。
喉が、少し動いた。

「食欲ない?」と朝陽が言った。

「少しだけ」と私は言った。

朝陽が頷いた。
それ以上聞かなかった。
また卵焼きを食べ始めた。
その引き下がり方が、八歳のものではなかった。
聞いて、引き下がる。
それをいつから覚えたのか。

私はもう一度、トーストを手に取った。

食べた。
今度は飲み込めた。
味がした。
バターの味がした。
焦げた端の、香ばしい味がした。
食べながら、朝陽の横顔を見た。

朝陽が食べ終えた。

「ごちそうさま」と言った。
皿を台所に持っていった。
水で軽く流した。
それも、いつから覚えたのかわからなかった。

ランドセルを背負って、玄関に向かった。

「行ってきます」と言った。
ドアを開けた。

「朝陽」と私は言った。

朝陽が振り返った。
「なに」
「おいしかった?」
朝陽が「うん」と言った。
笑った。
今度も、確認しなかった。
私の顔を見る前に、笑った。

ドアが閉まった。

一人になった台所で、私は椅子に座った。

朝陽の皿が、流しに伏せてあった。
きれいに流してあった。
卵焼きの皿も、重ねてあった。
八歳が、自分の食器を片付けた跡だった。

笑う前に、顔色を読む。

その順番を、今朝初めて正確に見た。
見てしまった。
見てしまったことで、もう知らないふりができなくなった。
知らないふりができなくなったことが、今朝の私には重かった。

重くなった体が、また「だめな日」に向かうかもしれなかった。

でも今日は、まだいい日だった。
いい日の朝に、見てしまった。
見てしまったことを、どこかへ持っていかなければならなかった。
一人で抱えていたら、また布団の中に沈む。

どこへ持っていくか。

答えは、まだなかった。
でも今日は、いい日だった。
いい日のうちに、考えなければならなかった。